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2013-11-18

今は漕ぎいでな

一度は諦めた伊勢型紙が、今だからこそできるのではないかと
思い至った時、また、型紙から派生して和紙に興味を持った瞬間()、
目の前が明るく、大きく開けた。
これだ、これしかない、そう思った。
しかし、仕事を辞めれば当然、家計、ひいては夫への負担が大きくなる。
夫が黙々と仕事をこなす目の前で、私一人が好き勝手なことをしていたら、
どんな気持ちだろうか。
しかも、成功する保証なんてどこにもないのだ。
それが負い目となって、なかなか言い出せずにいた。

また、区切りのいいところまでは仕事を続けるべきか、大いに迷った。
年度末までか、せめて年内いっぱいまでか、と。
だが、職場ではもう心ここにあらずで、一刻も早く歩き出したいのも事実だった。
父は元気な内に、何かしらの成果を見届けて欲しいという思いもあった。

結局、決心したのは10月の半ばだった。
大体の胸の内は見透かされていたものの、改めて夫に思いを伝えた。
何をしたいか、どうなりたいか、不安に思っていること…
夫は、それらをきちんと受け止めてくれた。応援してくれた。
申し訳なさが消えたわけではないけれど、だからこそ、結果を出そうと奮い立った。

もちろん、父にも伝えた。
職場に退職願を出した後の、事後報告。
これまで、進路を決めるどんな場面でも、必ず父に相談してきた。
父の希望から大きく外れないことが、選択の一基準でもあった。
だが、今回は違う。
もう父に伺いを立てなければならないような歳でもないし、
仮に父に何と言われようと、これが私の生きる道だから。
初めて自分自信で決めた道だから。
伝える時はさすがに緊張したけれど、一通り話し終えた後の
父の第一声は「そうか」と、意外にもあっさりとしたものだった。
そして、こう続けた。
「助けて欲しいことがあれば、きちんと言うこと。
 自分一人で頑張るのは立派だが、それで遠回りするくらいなら、
 どんどん周りに助けてもらうべきだ」と。
親のありがたさが身に沁みて、気持ちが引き締まった。

それからは、身に付けるべき知識・技術を見極め、その方法・計画を
具体的に考えていった。
仕事は11月いっぱいで辞め、まずは型染めのワークショップを受講すること、
土佐で紙漉きの個人レッスンを受けることが決まった。
同時期、吉田美保子さんに依頼していた着物の糸も染め上がり、
後は織るだけという段階に差し掛かった()。
colored windの糸
潮は満ち、船出の準備は調った。
後は、漕ぎ出すだけ、織り出すだけ。

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