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2013-07-24

熾火(おきび)

ものづくりをしたい。
会社の駒になりたくない。
「私」という人間として仕事をし、認められたい―――
そういう思いは幼い頃からあった。
就職活動の最中に偶然目にした、「伊勢型紙」という友禅を染める型紙を彫る職人に
なりたいと弟子入り志願したこともある。
着物業界が衰退を辿る今の世の中で、それを染める型紙もまた需要が減り、
「あんたの人生までは背負えない」と断られたけれど。

あれから7年。
心の中には未だものづくりへの思いが燻り続けている。
しかしながら、美大を出ているわけでもないし、
趣味の範囲でも美術に造詣が深いわけでもない。
特別な美的センスがあるわけでもない。
嫌で仕方のない会社勤めにも恩恵はあり、今あるポジションを捨てたら、
このご時世、もう二度と戻って来られないという未練や不安もある。

取り柄もないくせに身の程知らずな道を選べば、罰が当たるのではないか。
世の中でやりたいことを仕事にできるのはほんの一握りで、
ほとんどの人が我慢している。割り切っている。
みんなと同じように我慢できない私は、人として欠如しているのではないか。
実は、嫌いな仕事から逃げるための口実に過ぎないのではないか。
成功の保証のない、ただやりたいというだけのことのために、
仕事を辞めて家計に負担を掛けては、夫にしてみれば、
私と結婚した意味はどこにあるのだろうとも思う。
最も近しい大事な人を踏み台にするなんて、最低な人間ではないか。

ただ生きるために生きているだけの日々が空しい。

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